「お子さんがお一人なら、ペットを飼うと情操教育によろしいっていいますわよ」と職場の上司に言われてなるほどと思い、イタチ科のペット動物、フェレットを飼った。
当時幼稚園に通っていた一人息子はすでにゲーマーであったが、なるほどフェレットの世話を楽しんでいた。妻と息子にはよくなつき、ペットを飼ったことが無かった妻もこれを溺愛し、家族にあたたかい活気が増したような気がした。
フェレットというのは犬のような散歩の必要は無く少し大きめのケージに入れておけばいい。寝床とトイレとエサ皿、水飲みを入れておく。エサはこんもり盛っておいても、必要な分しか食べないので、食べ過ぎの心配は無いし、大小排便はしつけずともトイレでする。体臭はほとんど気にならないし、基本的に鳴かない。
妻は家の中の数カ所にトイレを設置してやって、家の中でできるだけ放し飼いにしてやっていた。生後数ヶ月で我が家に来たので、夜のエサなどは夜遅く仕事から帰宅した私がふやかしたエサをやったりして世話にいそしんだけれど、どういうわけか私にだけはなつかなかった。それどころか姿を見つけると襲いかかってかみつく。
夏休みに5日ほど海水浴に行くことになった時の事。妻と息子はスーパーから不要な段ボール箱を4つほどもらってきて、大きなペットボトルを輪切りにしてパイプにし、ケージと4つの段ボール箱をパイプのトンネルで連結させて迷宮を作った。いくつかの部屋にはトイレと餌場を設置。おもちゃが置いてある部屋もあった。妻と幼稚園児の男の子はこの作業も楽しんだようだけれど、飼い主としてはこの放置プレー、やはりちょっと無責任かと後ろ髪を引かれる思いもあったし、心配もしたが、同じ市内に住んでいた妻の母がたまに様子を見てくれるというので海水浴旅行に踏み切った。
幸い停電によるクーラーの不具合なども起こらず、5日後に帰宅してみたら、いつもと変わらない様子だったので安堵した。
一般的にフェレットの寿命は6〜7年と聞いていたが、なるほどそれくらいの期間で衰えが目立ち始めた。美しかった毛並みもぼさぼさに乾いてしまい、やがて呼吸はしているものの呼んでもつついても反応することなく動かなくなってしまった。数時間ごとに発作的に体を反らして「ぎゃー、ぎゃー」と甲高い悲鳴をあげる。
獣医さんに相談したところ、寿命と考えてよく、体内に悪性の腫瘍もあるのではという見立てで、安楽死の選択肢も提案された。
そこでドクターに、この発作的な悲鳴は苦しかったり痛かったりするのが原因なのだろうかと質問したところ、恐らくもうそういった苦痛も感じなくなっている状態で、悲鳴も神経反射による無感覚な動作に過ぎないだろうと言うことだった。神経反射が起きた場合、それを抑える効果がある薬はあるかと聞いたら注射を打てば治まることがわかった。
安楽死については決心がつけられなかったので、注射をもらって連れて帰り、昼と言わず夜と言わず、悲鳴が聞こえたらベットからでも駆けつけて注射を打つ。現在こういう飼い主の行為がどう考えられているかはわからないけれど、少なくとも当時は禁止されていなかったし、この注射は確かな効果を発揮してくれた。
そんな状況を2週間ほど続けたが、私が地方に出張中、ついに寿命が尽きてしまった。
あれほど私のことを嫌っていたのに、あいつは私のベットで昼寝をするのが大好きだったそうだ。もういよいよかと思われた晩、妻はケージからそっと抱きかかえて出してやり、私のベットに寝かせた。朝、妻が起きたときには息を引き取っていた。
もうかなり昔の話なのだけれど、あいつは今でも我が家族のアイドルである。